History

私がサーフィンを始めたのは、今から約30年前(1986年)、15歳の夏だった。
8月のものすごく暑い日であったことを覚えている。

右も左も分からず、水着(ボードショーツ)すら持っていなくて、学校の短パンとボロボロのTシャツでサーフィンをしていた。
何回かすると、サーフボードとの摩擦で、お腹や乳首がこすれて痛かった。
当時、あるブランドのラッシュガードがほしくてたまらなく、サーフショップに行ってみたものの、到底15歳の少年が買える値段ではなかった。

夏が終わり10月になると、短パン1枚では寒すぎてサーフィンができない。
どうしてもサーフィンを続けてかった私は、再びサーフショップを訪ねた。しかし、ウェットスーツは高価で手が届かない。
そこで、先輩から中古(当時3万?4万)を譲ってもらうことにした。真冬用のウェットスーツだった。

真冬用のウェットスーツでは、10月、11月は汗が出るほど暑い。ファスナーを全開にして我慢して頑張っていた。
1月、2月は快適だったものの、4月、5月になると水温が上がり、次第に暑くなってきた。

そこで私はどうしたかというと、フルスーツの両袖をはさみで切り、シーガル(半袖長ズボン)タイプにしたのだ。
だが、6月にはシーガルでも暑くなってきた。
私はさらにひざ下をはさみで切り、スプリング(半袖半ズボン)タイプにした。

7月、8月、再び夏が到来!相変わらず短パンでサーフィンをしていた。
9月、10月、肌寒くなる季節。両袖、両足がなくなったスプリングウェットスーツの登場。
11月、12月、はさみで切ってしまった両袖、両足はもちろん復活できず、スプリングのまま限界まで粘った。
年が明けて1月、さすがに寒さに堪え、ウエットスーツを買うためにアルバイトに専念することにした。

その時私は考えた。
サーフィンを、ウォータースポーツを、もっと「自由」で「気軽に楽しめるもの」にできないだろうかと。
ウエットスーツは高級で、カスタムオーダーが主流という環境を、自分が変えよう。
そして、もっと多くの方にウォータースポーツの楽しさを知ってもらおう。

それから30年、ウェットスーツは進化を遂げた。値段も、質も、すべてにおいて。

2017年末日 浅田一成